ジョブスタディ

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
今週もとても印象深いお話を伺うことがありました。

とても優しく思いやりのある人なのに、社会から評価を受けられず、自分を無能だと思い、無気力になっている方がいらっしゃいます。

実の親から、疎まれ、虐げられて育ち自分が大嫌いになっている方もいらっしゃいます。

自分の浅はかな考えで妙な事件に巻き込まれ、取り返しのつかない経歴がつき、その後何をやっても上手く行かない。
自分は価値の無い人間になってしまったと嘆く方がいらっしゃいます。

このような方々にお話を聞くたびに

致知出版社の「喜びの種をまく」という詩の、

「人は日常のささやかな行いによって喜びの種をまき、花を咲かせることができる」という一説が思い出されます。

自分なんてと思う人でも、人を喜ばせることができるという内容です。

人には得意、不得意があります。

知識がある方は知識を使い、体力のある方は体力を使い、音楽や絵の得意な方は、それを使って人の役に立ち、喜んでもらう事ができますね。


でも、この「喜びの種をまく」という詩には

自分には出来ないことをしてもらったら、「ありがとう」と言って、してあげた人たちを喜ばせてあげることが出来るということが書いてありました。


お金や物をいただく事で喜びを感じる方もいらっしゃるでしょうが、確かに「ありがとう」の一言で、一瞬の内に喜びを感じる事ができますね。

最近、誰かに何かをしてもらっても、してもらうことが当然で、「ありがとう」と感謝することが少なくなっていませんでしょうか?

技能的な能力ばかりにとらわれ、人としての本来の能力を疎かにしていたり、見過ごしてはいませんでしょうか?

皆さんの置かれている状況が、自分の望む状況では無く、非常に不本意な状況で自分には何の力もないと思うような状況であっても、他人にしてあげられることは7つもあるそうです。

どうかご自身を否定し嘆く前に、どんな方でも人を喜ばせる種がまけることを知って欲しいです。

親愛なるAさん、Bさん、Cさん、皆さんに心をこめてご紹介します。

皆さんにも喜びが喜びながら来ますように…

致知出版 小さな人生論 4「喜びの種をまく」より

--------------------------------------------------

仏法に「無財(むざい)の七施(しちせ)」という教えがある。

財産が無くても誰でも七つの施しができる、喜びの種をまくことができるという教えである。

財産が無くて、どうして施しができるのか。何を施せるのか。

『雑宝藏経(ぞうほうぞうきょう)』は、「仏説(と)きたもうに七種施あり。財物を損せずして大果報を得ん」として、七つの方法を示している。

一は「眼施(げんせ)」 … やさしいまなざし。

二は「和顔悦色施(わがんえつじきせ)」 … 慈愛に溢れた笑顔で人に接する。

三は「言辞施(げんじせ)」 … あたたかい言葉。

四は「身施(しんせ)」 … 自分の身体を使って人のために奉仕する。

五は「心施(しんせ)」 … 思いやりの心を持つ。

六は「床坐施(しょうざせ)」 … 自分の席を譲る。

七は「房舎施(ぼうしゃぜ)」 … 宿を貸す。

大きなことでなくともいい。人は日常のささやかな行いによって喜びの種をまき、花を咲かせることができると釈迦は教えている。自らのあり方を調(ととの)えよ、という教えでもあろう。

「無財の施(ほどこし)」の教えで思い出すことがある。

生涯を小中学生の教育に捧げた東井(とうい)義雄先生からうかがった話である。

ある高校で夏休みに水泳大会が開かれた。

種目にクラス対抗リレーがあり、各クラスから選ばれた代表が出場した。

その中に小児マヒで足が不自由なA子さんの姿があった。からかい半分で選ばれたのである。

だが、A子さんはクラス代表の役を降りず、水泳大会に出場し、懸命に自分のコースを泳いだ。

その泳ぎ方がぎこちないと、プールサイドの生徒たちは笑い、野次った。

その時、背広姿のままプールに飛び込んだ人がいた。校長先生である。

校長先生は懸命に泳ぐA子さんのそばで、「頑張れ」「頑張れ」と声援を送った。

その姿にいつしか、生徒たちも粛然(しゅくぜん)となった。

こういう話もある。

そのおばあさんは寝たきりで、すべて人の手を借りる暮らしだった。

そんな自分が不甲斐ないのか、世話を受けながらいつも不機嫌だった。

ある時一人のお坊さんから「無財の七施」の話を聞いたが、

「でも、私はこんな体で人に与えられるものなんかない」と言った。

お坊さんは言った。

「あなたにも与えられるものがある。人にしてもらったら、手を合わせて、ありがとうと言えばよい。言われた人はきっと喜ぶ。感謝のひと言で喜びの種をまくことができる」。

おばあさんは涙を流して喜んだという。

「喜べば喜びが、喜びながら喜び事を集めて喜びに来る。
 悲しめば悲しみが、悲しみながら悲しみ事を集めて悲しみに来る」

若い頃、ある覚者から教わった言葉である。

喜びの種をまく人生を送りたいものである。

最後に、東井先生からいただいた詩を紹介したい。

雨の日には 雨の日の

悲しみの日には悲しみをとおさないと見えてこない

喜びにであわせてもらおう

そして

喜びの種をまこう

喜びの花を咲かせよう

ご縁のあるところ

いっぱいに……

--------------------------------------------------

それでは、また来週…
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://campanula0918.blog96.fc2.com/tb.php/35-1cc87276

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

権堂 千栄実

Author:権堂 千栄実
権堂 千栄実

株式会社Campanula 代表取締役

キャリア・カウンセーであり、企業、学校機関、官公庁での研修講師

研修やカウンセリングを通して、働く方々や学生の悩みを解消できるようにご支援しております。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。