ジョブスタディ

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今週もとても印象深いお話を伺うことがありました。

とても優しく思いやりのある人なのに、社会から評価を受けられず、自分を無能だと思い、無気力になっている方がいらっしゃいます。

実の親から、疎まれ、虐げられて育ち自分が大嫌いになっている方もいらっしゃいます。

自分の浅はかな考えで妙な事件に巻き込まれ、取り返しのつかない経歴がつき、その後何をやっても上手く行かない。
自分は価値の無い人間になってしまったと嘆く方がいらっしゃいます。

このような方々にお話を聞くたびに

致知出版社の「喜びの種をまく」という詩の、

「人は日常のささやかな行いによって喜びの種をまき、花を咲かせることができる」という一説が思い出されます。

自分なんてと思う人でも、人を喜ばせることができるという内容です。

人には得意、不得意があります。

知識がある方は知識を使い、体力のある方は体力を使い、音楽や絵の得意な方は、それを使って人の役に立ち、喜んでもらう事ができますね。


でも、この「喜びの種をまく」という詩には

自分には出来ないことをしてもらったら、「ありがとう」と言って、してあげた人たちを喜ばせてあげることが出来るということが書いてありました。


お金や物をいただく事で喜びを感じる方もいらっしゃるでしょうが、確かに「ありがとう」の一言で、一瞬の内に喜びを感じる事ができますね。

最近、誰かに何かをしてもらっても、してもらうことが当然で、「ありがとう」と感謝することが少なくなっていませんでしょうか?

技能的な能力ばかりにとらわれ、人としての本来の能力を疎かにしていたり、見過ごしてはいませんでしょうか?

皆さんの置かれている状況が、自分の望む状況では無く、非常に不本意な状況で自分には何の力もないと思うような状況であっても、他人にしてあげられることは7つもあるそうです。

どうかご自身を否定し嘆く前に、どんな方でも人を喜ばせる種がまけることを知って欲しいです。

親愛なるAさん、Bさん、Cさん、皆さんに心をこめてご紹介します。

皆さんにも喜びが喜びながら来ますように…

致知出版 小さな人生論 4「喜びの種をまく」より

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仏法に「無財(むざい)の七施(しちせ)」という教えがある。

財産が無くても誰でも七つの施しができる、喜びの種をまくことができるという教えである。

財産が無くて、どうして施しができるのか。何を施せるのか。

『雑宝藏経(ぞうほうぞうきょう)』は、「仏説(と)きたもうに七種施あり。財物を損せずして大果報を得ん」として、七つの方法を示している。

一は「眼施(げんせ)」 … やさしいまなざし。

二は「和顔悦色施(わがんえつじきせ)」 … 慈愛に溢れた笑顔で人に接する。

三は「言辞施(げんじせ)」 … あたたかい言葉。

四は「身施(しんせ)」 … 自分の身体を使って人のために奉仕する。

五は「心施(しんせ)」 … 思いやりの心を持つ。

六は「床坐施(しょうざせ)」 … 自分の席を譲る。

七は「房舎施(ぼうしゃぜ)」 … 宿を貸す。

大きなことでなくともいい。人は日常のささやかな行いによって喜びの種をまき、花を咲かせることができると釈迦は教えている。自らのあり方を調(ととの)えよ、という教えでもあろう。

「無財の施(ほどこし)」の教えで思い出すことがある。

生涯を小中学生の教育に捧げた東井(とうい)義雄先生からうかがった話である。

ある高校で夏休みに水泳大会が開かれた。

種目にクラス対抗リレーがあり、各クラスから選ばれた代表が出場した。

その中に小児マヒで足が不自由なA子さんの姿があった。からかい半分で選ばれたのである。

だが、A子さんはクラス代表の役を降りず、水泳大会に出場し、懸命に自分のコースを泳いだ。

その泳ぎ方がぎこちないと、プールサイドの生徒たちは笑い、野次った。

その時、背広姿のままプールに飛び込んだ人がいた。校長先生である。

校長先生は懸命に泳ぐA子さんのそばで、「頑張れ」「頑張れ」と声援を送った。

その姿にいつしか、生徒たちも粛然(しゅくぜん)となった。

こういう話もある。

そのおばあさんは寝たきりで、すべて人の手を借りる暮らしだった。

そんな自分が不甲斐ないのか、世話を受けながらいつも不機嫌だった。

ある時一人のお坊さんから「無財の七施」の話を聞いたが、

「でも、私はこんな体で人に与えられるものなんかない」と言った。

お坊さんは言った。

「あなたにも与えられるものがある。人にしてもらったら、手を合わせて、ありがとうと言えばよい。言われた人はきっと喜ぶ。感謝のひと言で喜びの種をまくことができる」。

おばあさんは涙を流して喜んだという。

「喜べば喜びが、喜びながら喜び事を集めて喜びに来る。
 悲しめば悲しみが、悲しみながら悲しみ事を集めて悲しみに来る」

若い頃、ある覚者から教わった言葉である。

喜びの種をまく人生を送りたいものである。

最後に、東井先生からいただいた詩を紹介したい。

雨の日には 雨の日の

悲しみの日には悲しみをとおさないと見えてこない

喜びにであわせてもらおう

そして

喜びの種をまこう

喜びの花を咲かせよう

ご縁のあるところ

いっぱいに……

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それでは、また来週…
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先週は再就職者向けの研修や、既に就職をした方向けの職場定着研修を担当しました。

最近ご依頼が多い研修は、コミュニケーション研修です。

これは社外のコミュニケーションだけでなく、社内のコミュニケーションも重視されています。

今、社内のコミュニケーションを難しくしているのは、指導世代と新人世代と育成に関する考え方のギャップです。

研修に参加した方々は本当に熱心に研修を受け、少しでも就職に活かそう、業務に活かそうと勉強しています。

少しでも先輩や上司との関わり方を学び、職場に馴染もうと必死です。

その理由は…

参加した方の多くは10代後半から20代後半の方々です。

この中の殆どの方が、幼い頃から親や学校の先生、周囲の大人から様々な環境整備をされて育って来ている方々ですので、自発的に何かを行うことに躊躇する世代です。

「お菓子食べるときは、お母さんに食べていいって聞いてね」
「今日、○○ちゃんのお家で遊ぶなら、ママが○○ちゃんのママに遊びに行っていいですかって、聞いてから行ってね」
「○○をするときは、先生にいいですかって聞いてからしてください。」

こんな言葉を掛けられながら育った世代です。

仕事に入っても同じ事をしようとします。

しかし、社会は自分で考えて自分で行動することを求めます。

「それくらい、仕事を見ていたら分かるだろう」
「いちいちそんなこと聞くなよ」
「なんど同じ事聞くんだよ、いい加減覚えろよ」



先輩達は、ごくごく仕事上当たり前のことを話しているつもりです。

でも、新人さんたちは仕事の見方、考え方が分からないので、ただただ戸惑ってしまいます。

先日研修に参加したAさんの上司から

「Aが入って半年経つんですが、会社の人間とかみ合っていなんですよ。
 Aから話しかけてこないし、こっちから話しかけてもあまり話しに乗ってこないし… 
 仕事向かないんですかね… 
 先生研修のときどう思っているか聞いてくださいよ。」

研修の様子と、会社の事をどのように感じているのかそれとなく聞いて欲しいというご依頼を頂きました。

そこで、Aさんの様子を見ると、本当に熱心に研修に参加していましたし、グループワークも積極的に行っていて、
事前に伺った様子とは、全く異なっていました。

休み時間、グループワークの感想も兼ねながらAさんと話しました。

私「研修は楽しい?グループワークは上手く行った?」

Aさん「はい。楽しいです。普段どのような話したらいいんだろうって迷っている事が、こんな風に話せば良いというヒントが分かって、凄く勉強になります。」

私「普段、会社の方とはあまりお話しないの?」

Aさん「はい。なんか言葉が思い浮かばなくって固まるんですよ。
    こんな時、なんて話したらいいんだろうってすごく考えてしまって、言葉に詰まるんですね。
    で、返事するまで時間がかかりすぎるのか、周囲の方々がイライラしているのが分かるので、
    余計何もいえなくなるんです。
    それに、会社の方みたいに面白い話も出来ないし、自分の話すことなんて興味ないだろうなって
    思うと、益々言葉が出来ないんですよね…」

Aさんの考えている事と、会社の方が感じている印象は、全く異なっていました。

ただ、これはAさんに限った事ではなく、研修に参加している方の半数は同じような事を悩んでしました。

「自分は何かをするまえに、つい確認をする癖があるんですが、上司からいい加減仕事を覚えろ!って怒られてから恐くて話が出来なくなりました。」

「自分は上司から褒められた事がないんですよ。なにやっても怒られてばかりで…
 分からない事を聞いても、そんなの自分で考えろって言われて…
 でも、自分で考えてするとそれは上司が考えていた事じゃないから、また怒られるんです。
 仕事は見て覚えろって言われるんですけど、何をどう見たら良いのかほんと分からなくって…」

「仕事の段取りが悪いって言われるんです。
 何処が、悪いのか聞くと、それは自分で考えろって言われます。
 自分で考えながら仕事をすると時間がかかるんですよ。
 そんな時は、分からないなら聞いて来いって怒るんですよ。
 どうしたら、いいんですか…」

「研修で学んだ、敬語や立ち居振る舞いを会社ですると、そんな馬鹿丁寧なことはしなくていいって言われます。
 でも、普段親しいお客さまと方言で話していて、何も言われないのに同じお客さまに対して何かのタイミング
 で突然、そんなことは敬語で話せって言われます。
 言葉の使い分けってどうしたら良いんですか?
 どんなタイミングで使い分けるんですか?」

いかに彼らが悪気無く行動し、指導者の反応に困惑しているか、そんな内容の話を沢山聞きました。

反面、ある中小企業の経営者の方から

「会社を設立して、がむしゃらに頑張ってきました。
 やっと、人を雇えるほどの規模になりましたが、自分がしてきたことを言葉で説明したり、わかりやすく
 指導するのってちょと苦手なんですよね。
 例えば、名刺に受け渡しにしても、自分もちゃんと習ったわけではないので、なんか上手く説明できなくって…
 一度名刺交換をやって見せたら、後は自分で何とかしてって思います。

自分は自分の仕事があるから、中々思うようなタイミングでフォローするのも難しいんです。

せ、上手くフォローできないと3ヶ月くらいで辞められてしまうし…

本当に人が育たないんです。」

というお話を伺い、経営者には経営者の苦労があるようです。

経営者が体験してきたり、知っている育成方法は、必ずしも今の新人育成に通用するとも限らないです。

このように社員と経営者の考え方にギャップがあり、それが社内のコミュニケーションを難しくしているようです。

新人さんのコミュニケーションスキルだけ高めても、受け入れる教育側も物事の考え方にギャップがあることを理解した上で指導を行わないと、上手く育成ができません。

コミュニケーションは相互理解です。

経営者側の方も、いま一度自社の育成方法について見直しをしてみてはいかがでしょうか?

それでは、また来週…
先週嬉しい知らせが来ました。

昨年担当した再就職支援研修の受講生Aさんが某県の県庁職員として採用されたという報告メールです。

講師業をしていて教え子が就職できたとか、昇進したとか成長していく様子を教えてくれるのは、何より嬉しいことです。

特にAさんは私にとって非常に心に残る受講生でした。

Aさんと初めて会ったのは、再就職支援研修「仕事の関わり方」講座でした。

非常に熱心に私の話を聞き、内容をメモしたりワークへ積極的に参加したりと真面目で好印象でした。

それゆえ、Aさんのように真面目な頑張り屋さんでも就職が困難な時代になってしまったのかと、非常にやりきれない思いをしながら、少しでも就職に繋がるよう講義をしました。

その講義も残り30分で終了という時間になり、

私は受講者の方々に

「本日の研修に関してのことや、それ以外のことでも何かご質問やご不明な点はございませんか?」とお聞きしました。

するとAさんから

「なぜ日本の社会は新卒と既卒の求人に差別をするのですか?
 どうして、大学を卒業したばかりなのに未経験者は冷遇され経験者優遇の仕事しかないのですか?」

と、非常に険しい口調で、質問されました。

私は新卒求人と既卒求人(一般求人)の違いについて説明しました。

「新卒求人」というのは学生を対象として、主に学校や地元のハローワークに出す求人です。

「新卒求人」は学生を対象とした求人です。

社会人として様々な経験がないことを承知の上で、1から時間をかけながらも教育をして会社の一員として育てていきます。

また、新入社員は入社してもすぐに企業貢献が出来るような働きはできないことも承知しています。

最低2,3年企業貢献が出来なくとも、お給料などを支払える企業体力のある企業が求人を出す事が多いです。

しかしこの求人は卒業間際になればなくなり、学校を卒業してしまえば応募する事もできません。

1日でも学校を卒業してしまえば、学生ではなく一般人ですので、一般求人と呼ばれる求人に応募する事になります。

一般求人の多くは、社員の欠員や事業の拡大に伴って急遽働く方を募集するものです。

ですから、ゆっくり人を育てるというより、今すぐ足りない力を埋めたいと考えるので、同じような仕事の経験がある方、必要となる資格を有している方など、いわゆる即戦力となりうる方々の求人です。

入社したら直ぐに企業貢献が出来るような働き他も求められます。

営業としてすぐ売り上げを上げて欲しい。

技術者として、すぐ商品メンテナンスの仕事をこなして欲しい。

など、すぐに結果を求められます。

このような一般求人では、Aさんのような学校を卒業したばかりの方が採用されるケースは殆どありません。

ここ数年、Aさんのように学校を卒業までに就職できない方が増えているため、未経験者が就職に至れるような様々な行政支援がありますが、仕事の内容が限られていたり、求人を出す企業数も決して多くはありません。

Aさんは大学卒業後、自分が就職したい企業の新卒求人に自分が応募できない事、自分が応募する枠は一般求人で業務経験がないと応募できないという現実を、学校を卒業してから知ったそうです。

だから、在学中に就職したほうが良いと学校の先生がうるさく言っていたこと。

卒業してから仕事を探すのは大変だという言葉の、本当の意味を理解したといっていました。

私が説明し終わるとAさんは

「このような話、初めて聞きました。
 もっと早くに知っておけば、もっと全力で頑張ったのに…」

この時の残念そうな悔しそうなAさんの顔がとても印象的でした。

後日Aさんから聞いた話ですが、

Aさんは母子家庭で、奨学金を貰いながら大学に通っていた事。

お母さんをはじめ、法律の事が良くわかっていないことで、トラブルに巻き込まれ困っている人たちを見て、司法書士になろうと志していた事。

大学在学中は司法試験の勉強とアルバイトに終われ、就職活動が出遅れたこと。

後一歩で司法書士の試験に合格できず、就職も出来ないまま大学を卒業した事などを話してくれました。

ただ心の中で、もし司法試験に落ちて大学を卒業しても、働きながら勉強は出来ると楽観視していたとも話してくれました。

現実はAさんの予想をはるかに超えるほど困難な就職活動でした。

希望するに会社に応募すらできない。

応募しても、未経験で断られる…

困窮したAさんは、この困難な状況を打破する為に、公務員試験を受けることを決意。

アルバイトをしながら、公務員専門学校に通い今回の合格に至ったそうです。

昨年一度、別の市町村の公務員試験を受けるために、個別で面接練習の相手をしてあげたことがありました。

しかし結果は不採用でしたので、今回の合格連絡は本当に嬉しかったです。

Aさんは大学卒業後体験したことが、本当の意味で色々勉強になり、もっと世の中の人の役に立つ仕事がしたいと考えたそうです。

公務員試験だけでなく、行政書士の資格試験にも挑戦し合格。

司法書士の試験にも再チャレンジして、現在結果町の状況だそうです。

Aさんの頑張りは本当に素晴らしいと思いました。

Aさんだけでなく、

自分が誰かのために役に立ちたい

誰かのために力を貸したい

と、思うことが、行動の原動力になると思います。

自分なんか対して役に立たないと考える人も多いですが、皆さんにしか出来ない事がきっとあります。

もっと、自分の力を社会で活用する方法を考え、それを仕事に出来るよう取り組んでみてはいかがでしょうか?

それでは、また来週
8月29日の朝、17年来の友人Hさんの訃報が届きました。

先週くも膜下出血で通勤途中に倒れて病院に搬送され、そのまま27日12:00に逝ってしまいました。

47歳、あまりにも早すぎます…

世話好きで、前向きで、エネルギッシュで…

良く働き、良く遊ぶを実践している方で、そんなHさんのライフワークスタイルに憧れていました。

Hさんを知っている方でHさんを悪く言う事を聞いた事がない、そんなお人柄の方でした。

毎年私が東京へ仕事に行くときは、会って話すのがいつも楽しみでしたが、今年はまだHさんに会えていませんでした。

Hさんと共通の友人から先月会ったという話を聞いていたので、秋に東京に行ったときにでも会って飲もうと思っていましたが…

4月に東京へ行った時に会っていればよかったと、本当に悔やまれました。

Hさんの訃報を聞いて、今年一年の出来事が思い出されました。

昨年の12月31日に義理の母も突然他界しました。

昨年の12月25日に主人と主人の兄弟達と見舞いに行く予定でしたが、私は仕事の都合で見舞いに行けませんでした。

主人も「また、後日見舞いに行けばいい」と言っていましたが、その後容態が急変し、意識のある時に会うことが出来ず、そのまま逝ってしました。

3月11日 東日本大震災で私の故郷も被災しました。

未だに、生存確認が取れていない友人が何人かいます。

福岡に来て13年。

引っ越す直前に故郷で会い、

「またいつかお互いに歳を取ってからでも会えるよね」

そういいながら、お互いに別れそれが今回の事のようになるとは思いもしませんでした。

会いたいと思ったときに会いに行けばよかったと思いました。

声が聞きたいと思ったときに、声を聞けばよかったと思いました。

今あることは永遠に続かない…

「始まり」があれば必ず「終わり」があることを、再認識させられる出来事が多かったと思い知らされた気がしました。

今回は残された立場でしたが、いつ自分が「終わり」を迎える立場になるのか分かりません。

また、人生の全ての中に「始まり」と「終わり」がありますよね。

学生の皆さんであれば、学校入学が「始まり」であり、学校卒業が「終わり」ですね。

社会人の方なら入社が「始まり」であり、退社が「終わり」…

自分で学校や仕事を辞め「終わり」をコントロールする人もいますが、多くの方はいつ「終わり」が来るか予測をすることも無いと思います。

だからこそ、何かあったときに自分自身がパニックになったり、自暴自棄になってしまうこともあります。


このような事が起こらないように「終わり」がくることを予測し、「終わり」のときに「~をしておけばよかった」と後悔をしないように取り組むことが大事になりますね。

また、「終わり」のタイミングで「始まり」が出来るように準備をしておくことも出来ます。


全て、自分の行動で変える事が出来ます。

皆さんの思い描く終わりが迎えられるよう、自分の行動を見直してみてはいかがでしょうか?

私も一生懸命応援します。

何かあれば、気軽にお問い合わせ下さい。


最後に、Hさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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権堂 千栄実

Author:権堂 千栄実
権堂 千栄実

株式会社Campanula 代表取締役

キャリア・カウンセーであり、企業、学校機関、官公庁での研修講師

研修やカウンセリングを通して、働く方々や学生の悩みを解消できるようにご支援しております。

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